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自分迷子が終わったら、そこはボーナスステージだった

なんか違う、これじゃない、どうしてこうなる・・40年以上自分迷子だったからこそ迷子のあなたを応援します

祝福されてる♡とか嫌いなんですけどね

書きやすいわ。

マジで。

 

はい、独り言です。

 

先日どこかで

「祝福されていない人はいない」という題名の何かを見たのよ。

 

うーん、嫌い(笑)

 

祝福とかっていう言葉自体に

アレルギー反応があるのか!くらいに好きじゃない。

 

ただ、その本質はその通りだと思ってたりするあまのじゃく(爆)

 

 

祝福ってのの定義がそもそもおかしいのだよ。

 

祝福って

なんかさ

天使が舞い降りた系?

キラキラしてる系?

笑顔で地上を謳歌してる系?

 

そんな匂いがするじゃない。

 

そもそも

祝福とはなんぞやって話

 

グーグル国語辞典によると

1)幸福を祝い喜ぶこと

2)キリスト教で神の恵みが与えられること

 

そっか、宗教色があるから嫌いなのね

(一人納得)

 

 

苦しいとき

死にたいほど辛いとき

追いつめられているとき

 

神の祝福だと思える人が言う言葉が

「全ての人は祝福されている」ってことなのだね。

 

様々な人生の辛酸をなめてきたあたしは

苦しいときや死にたいときに

「この世に神なんているはずがない」と思った。

 

神がいれば

こんな不公平で、不理屈な世の中のはずがない

 

こんなどーしょうもない人間(あたし)を作るはずがない

 

そう思ったから。

 

自分の人生を振り返る余裕がでできて

あたらめて思うのは

 

ああ、あの経験で強くなったな。ってこと。

 

そして

強くなればなるほど、その分またさらに辛い経験が増えてきたこと。

 

そして

その度に、また強くなっているあたしがいたこと。

 

半世紀を目前にして気がついたのは

 

強い人間は「優しく穏やか」であるということ。

 

様々な経験をして

強くなっていくとね

 

多少のことでは動じなくなる。

 

悩みがあっても

これはまた乗り越えるものであると身体が理解しているから

どん、と構えて動じない。

 

人のどんな醜いところを除き見ようとも

そんなこともある、人間だものと責めようとすら思わない。

 

こういう人間が出来上がる。

 

とすれば

 

やはり「祝福されている」のかもしれないと

なんだかムカつきながらも(笑)納得する。